
勇者の朝
「アルス、起きなさい」
母の優しい声が、夜明けの静寂を破る。まだ暗い部屋の中で、少年は目を擦りながらゆっくりと起き上がった。
窓から差し込む朝日が、壁に掛けられた古い剣を照らしている。それは父の形見—かつて勇者として名を馳せた男の遺品だった。
「今日があなたの旅立ちの日ね」
母の声には心配と誇りが混ざっていた。十六歳の誕生日。

朝食を前に、母は黙って息子の顔を見つめた。テーブルの上には、既に準備された革の袋。中には干し肉と薬草、そして母が夜なべして縫った旅装が詰められている。
「父上は、旅立ちの朝、何を思われたのでしょうか」
アルスは、ほとんど記憶にない父の面影を探るように、窓の外を見つめた。
「きっとあなたと同じように、不安と期待に胸を躍らせていたはずよ」
母は微笑んで答えた。その瞳には、かすかな涙が光っていた。
「行ってきます」
アルスは立ち上がり、父の剣を手に取った。思ったより重い。でも、この重みが、これから背負う運命の重さなのかもしれない。
玄関に立つ息子の背中を見送りながら、母は祈るような気持ちで呟いた。

「あなたの物語が、今始まるのね」
朝靄の中を歩き出す少年の足取りは、確かだった。東の空が赤く染まり始め、新しい冒険の幕開けを告げている。どこかで鐘が鳴り、新たな勇者の旅立ちを祝福するかのように、その音色は朝の大地に響き渡った。
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